646 長岡京散策(2) 走田神社 長法寺

2011年06月07日

2011.04.27(木)、長岡天満宮のツツジに引かれての、長岡京散策としたが、今回は京都の友が車に載せてくれると言う。京都市内と違って、この辺りは見て回る所が1〜3Km離れているし、結構坂があるので、歩く距離を減らすために、訪問先を減らさざるを得ないが、車に載せて貰えるなら、こんな有難い事は無いと、お願いした次第。

最初に”真っ赤なツツジ”の天神さんを見た後、距離にして約1.8Km程の、少し小高いところに、ひっそりとたたずむ、歴史の深い神社にやってきた。


「走田(はしりだ)神社」

    長岡京市奥海印寺走田

走田神社は延喜式内社に列せられる由緒ある神社だったといわれており、かつては妙見菩薩が合祀されていたため「妙見社」とよばれていた

 平安時代のはじめの頃の話。嵯峨天皇の命を受け、鎮護国家のための大寺院の建立地を捜し求めていた弘法大師の高弟・道雄僧都は、夢の中に現れた童子より長岡京の西山の地に適地があるとの啓示を受ける。夢に従ってこの地を訪れた道雄僧都の前に姿を現した童子は、「吾はこの山を守護する妙見菩薩なり。寺院建立の暁には千手観音を本尊に崇め、吾を走田神社に合祀せよ」というお告げを残したという。

やがてこのお告げにしたがってこの地に築かれた大寺院が「海印寺」ですが、残念ながら応仁の乱で焼失してしまい、現在は塔頭であった寂照院のみが残っている。海印寺建立の前からこの地に鎮座していたといわれる走田神社は奥海印寺村と長法寺村の産土神として村人たちの崇敬を集めていた。海印寺が建立された際、走田神社は寂照院の鎮守社とされ、お告げの通り妙見菩薩が合祀されたそうだ。


神社を出て、歩いた場合は約1.7Km程のところにある、小さめのお寺にやってきた。


「長法寺(ちょうほうじ)」

    長岡京市長法寺谷田16     天台宗       拝観:境内無料

天台宗延暦寺の末寺で、延喜10年(910)三井寺の開祖智證大師の弟子、千観上人が開基。千観上人が諸国を巡歴の途中、観世音菩薩が夢にあらわれ、「この地に留まってお寺を建てよ」とのお告げがあり、それに従ってお堂を建てたのが長法寺の起こりと伝えられている。

境内には、千観供養塔と伝えられる鎌倉時代の三重の石塔が現在も残り、国宝の「絹本著色釈迦金棺出現図」もかつては当寺にあった。 京都洛西観音霊場第九番札所。


「シャガ」


「ヤマブキ」


毎回言うばかりで、実行できてない”じっくり見て”、”ちゃんと撮る”を実践するには、先ず、訪問先の数を意識しない事が大切と、ここまでかなりスローペースで来たので、3ヶ所回った所で、早くもランチタイムのため、ここで昼食とした。


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コメント

たきあん
2011年06月07日 20:45
木燃人さん
華麗なつつじの天満宮の直後だけにアライグマにも無防備な走田神社は朽ち果てかけた神社みたいに思えました。
しかし解説付きのブログにするとなかなかどうしてそうは見えません。しかし長い石階段は立派でしたが無理をしてしまいましたね。


shuttle
2011年06月07日 21:09
木燃人さん
余り有名でもない神社を回られる熱心さに、敬服しています。勿論どんな神社にも故事来歴があり、それなりの歴史もあるのでしょうが、お写真で拝見する限り、閑寂そのものですね。信仰の対象と言うより、存続させるためだけに存在するような気がします。まあ、日本の多くの神社仏閣が、そうなっていますが・・。


sawaka
2011年06月08日 17:32
木燃人さん
「花」「神社仏閣」それは木燃人さんには、切っても切れない生活の部分ですね。 今回は、新緑の寺院、人気もなく、写真を拝見しながら心が和みます。 あの階段を上るだけのエネルギーは木燃人さんの若さの源でしょうね〜
「シャガ」山吹の八重は、今年は我が家の庭でも、見る事ができました。


木燃人
2011年06月09日 08:20
たきあんさん
今は訪れる人も殆ど無いようなひっそりとした佇まいの「走田神社」でしたが、平安時代からの歴史があり、かつては多くの人達の心のよりどころとなって居た事を知ると、昔の事に思いをめぐらしたくなります。豪華な神殿もいいものですが、このような落ち着いた寺院にも、見れば心休まる思いです。
また、行きたくなりますが、それはいつ実現するのかを思うと、悔しい気持ちになります。


木燃人
2011年06月09日 08:34
shuttleさん
京都奈良にある、その寺社に長い歴史があり、由緒ある所には、有名無名や規模の大小を問わずに全てを見て回りたいと思い、、歩く距離少なくし駐車料等が合理的になるように、リストを作って計画的に回っています。
世界遺産登録などで、莫大な観光収入を得ている所もあれば、昔に比べれば、信奉者はかなり減って、経営難になってるところもあって、その格差が一層訪れる人の差になってるように思います。本に載ってる由緒ある所でも、既に住職が居なくて、建物が荒れ放題の寺院もあることは、少し寂しいことですが、止むを得ないことかも知れません。


木燃人
2011年06月09日 08:41
sawakaさん
「花」そして「神社仏閣」と私とは、本当に生きる全てかも知れません。寺院だけでも、また花だけでも絵になりますが、「寺院」に「花」が加わるともういけません、がむしゃらにシャッターを押したくなってきます。
もっともっと行きたい所はいっぱいあるのですが、今は出る事が出来なくて歯ぎしりしてます。