655 金剛輪寺

2011年11月12日

2011.11.04(金)、遅れ気味の紅葉に辛抱を切らし出て来たものの、紅葉の色付きはよくなく、その上、体調不良が重なって、難行苦行のお寺参りとなったが、最低3ヶ所は回らねばとの欲が帰る事を許さず、カメラを助手に持たせてまで上ったのであった。


「金剛輪寺」  天台宗 松峰山

         滋賀県愛知郡愛相町松尾寺
         拝観料¥500  駐車無料


「黒門」


琵琶湖の東、鈴鹿山脈の西山腹に位置する金剛輪寺は、奈良時代の僧・行基の開創と伝える。行基は河内国家原(現・大阪府堺市)の出身で、出身地の河内を中心に多くの寺を建て、架橋、治水灌漑などの社会事業にも尽くし、民衆の絶大な支持を得ていたとされる。行基の開創を伝える寺院は現在の大阪府や奈良県を中心に各地に多いが、当寺もその1つである。行基がこの地に一寺を建立したのは、文献によって天平9年(737年)とも言い、あるいは天平13年(741年)とも伝える。

その後、平安時代前期の嘉承年間(848−851年)には天台宗の高僧・慈覚大師円仁によって再興されたと伝え、寺では円仁を中興の祖としている。行基の創建伝承についてはどこまで史実を伝えるものか定かでないが、当初は観音を祀る小堂であったものが、平安時代に入って近江国の多くの寺院と同様、比叡山延暦寺の勢力下に入り、天台寺院として発展したものと思われる。また、金剛輪寺の所在地は、昭和の市町村合併以前は秦川村といったことから、渡来系氏族の秦氏とも何らかの関係があるとみられている。

平安時代から中世にかけての金剛輪寺の歴史は必ずしも明らかでないが、寺内には平安時代後期から鎌倉時代の仏像が多く残り、現存する本堂は、弘安11年(1288年)、近江守護佐々木頼綱の寄進を得て建てられたもので、この頃の金剛輪寺はかなりの規模をもっていたと思われる。

天正元年(1573年)、織田信長の兵火で湖東三山の1つである百済寺は全焼し、金剛輪寺も被害を受けるが、現存の本堂、三重塔は寺僧の尽力で焼失をまぬがれたという。当寺の本堂をはじめとする中心堂宇は総門や本坊のある地点から数百メートルの石段を上ったはるか奥にあるため、見落とされ、焼き討ちをまぬがれたのではないかという説もある。


参道などにはセメントで造られた「千体地蔵」が風車とよだれかけで飾られて数多く並べられているので、”水子供養”と思われるが、そのことは寺のパンフレットには記述がないのは何故か不明。


急な坂道ではないが、えんえんと続く参道は、既に体力の限界に来ている体には厳しい。少し歩く度に一休みしなければならなかったが、途中で何度も妻が引き返そうと言うが聞かなかった。手すり磨きのやせ我慢の参拝となった。


「三重塔(待龍塔)」


「明寿院」


「ツワブキ」

{参考} http://mokunen.c.ooco.jp/fpkan/flw/tuwabuki.html


湖東三山としては、「百済寺」、ここ「金剛輪寺」の他に「西明寺」がここから数Kmの所にあるが、家を朝9時過ぎに出て、まだ3ヶ所見ただけなのに、早くも少し日が傾いてきた。如何にのろのろ歩いているのかが解ると思う。出る時は快調だったが、早くも疲労困憊、「金剛輪寺」の坂道がこんなに長くつらいものだと改めて知らされたようだ。

いつものことではあるが、痛み止めは日に2回服用しており、午後も3時を廻ると効き目が薄くなり痛みが増えるのだ。帰り路の車運転もありこれが限度、「西明寺」は諦めて、帰路に着いた。


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コメント

瀧庵
2011年11月12日 14:03
木燃人さん 凄いピッチの更新ですね。 言っても聞く耳を持たない木燃さんのこと何も申しませんが見ちゃおれません。 「金剛輪寺」はどこにでもある、ありふれたお寺みたいですが参道が長くて立派でさぞかし辛かった事でしょう。
花の「参考」はいいアイデアです。「花図鑑」が生きてきます。


SHUTTLE
2011年11月12日 19:46
木燃人さん 今晩は 金剛輪寺のお写真を見ても、実際に訪れたときの印象は、戻ってきません。記憶はおぼろげです。ただ、仰るように、参道の長さとか、苦しかったことだけは覚えています。何時も坂道で家内に背中を押してもらう私には、湖東三山や永源寺は、無理かもしれませんね。


sawaka
2011年11月12日 20:04
木燃人さん こんばんは
まさかと思いブログを開いて見ました。優等生の木燃人さんのブログは止まる事もなく、何処にこのような、エネルギー がひそんでいるのでしょうか、 私達も湖東三山は、バスツアーで行きました。紅葉が素晴らしく綺麗でした。長い石段を登り息がはずんだことも忘れません。寺院は階段と坂道が多いので、健康な私ですが可也疲れます。最近は、階段、坂道は、主人の背を後ろから押すのも私ですので、大変疲れますよ、湖東三山の紅葉はまだ良さそうですね。来週、福井に出かけますので、行って見たい気もします。主人と検討中です。


木燃人
2011年11月13日 08:55
瀧庵さん
後から見るための索引のためもあって、1ブログ1つのテーマを原則としてますので、コマ切れになりますが、一度行くとブログは続くことになります。普通なら一度行くと5〜10回分になるのですが、この日は僅か3回分でした。情けないことです。痛いつらいとの泣きごとはなるべくこれからは、書かないようにしたいと思ってるのですが、なかなかそうはゆきません。
好きな事をやるときは、その瞬間だけでも忘れる事が出来るなるべく出たいのですが、遠方にゆけないのが悲しいです。


木燃人
2011年11月13日 09:04
shuttleさん
どこのお寺も神社も多くは一段高い所に造られているので、足腰の弱ったものには応えます。金剛輪寺は階段を無くして、なだらかな坂道に最近工事をしたようですが、いくらゆるい坂であっても、これがだらだらと長いから効けます。
かと言って、エレベータが付いたら艶消しになりましょうしねー!。でも老人社会故にそんな日が来るのかも?。


木燃人
2011年11月13日 09:15
sawakaさん
ブログを出し始めたら、”出来るだけ途切れることがないようにしたい”が私のモットーですから、時には必死の思いで書き続けることもあります。但し、最近のものは一つのテーマ当たりの写真の枚数は少なくても、整理の都合もあって一つのブログにまとめてますから、結局何回分かに分割しますので、続くことが出来るのです。ネタが切れない限り、一日置きを続けますが、花などは時期がありますから、その記事の”旬”が切れてしまうのが難点です。