657 嵯峨野散策(2)祇王寺

2011年11月16日

孫娘の運転で嵯峨野に来て、二番目の訪問地は平清盛ゆかりの寺、来年は混雑を予想しての早目の入山となった。


「祇王寺」   真言宗大覚寺派  高松山  (尼寺)

     京都市右京区嵯峨鳥居本小坂
     拝観料¥300



元々は浄土宗の僧・良鎮が創建した往生院の跡を引き継いで今日に至る。また、平家物語には平清盛の寵愛を受けた白拍子の祇王と仏御前が出家のため入寺したとしても知られている。

その後往生院は衰退をたどり、明治時代の初期に一時廃寺となるが、嵯峨大覚寺の支配を受け真言宗に改宗し、1905年(明治38年)に富岡鉄斎らの尽力もあって復興を遂げた。

苔の庭でも知られる


「苔」が美しい!。


どちらに転んでも大勢に影響の無い事ではあるが、このブログのタイトルを付けるに当たり、少し悩んだことがある。

地図を見ると、「嵯峨」の文字が付く地域は、京都市の西北部、高尾よりも西北部の地名に「嵯峨清滝」など多数あり、また、大覚寺や広沢池の周辺にも「嵯峨広沢」などがある。また、単に「嵯峨」と呼ばれている地域も狭い地域ながら存在する。 更には、「嵯峨野」とは、「嵯峨」と呼ばれる地域の隣、嵐電「有栖川駅」を中心とした狭い地域に表示されているが、「嵯峨」も「嵯峨野」も町名にはなってないのである。

また、別の地図では、化野念仏寺や大覚寺あたりから、渡月橋周辺までを「嵯峨野」と表示しているのもあるために、今回のメインテーマを「嵯峨野散策」としたのであった。


「イワシャジン」

{参考}:「ツクイワシャジン」

     http://mokunen.c.ooco.jp/fpkan/flw/tukuiwasyajin.html


ここからは道も下り、娘や孫と一緒のせいか、まだスタミナは充分ありルンルン気分で、次の「二尊院」に向った。今日は調子がいいぞ!。


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コメント

SHUTTLE
2011年11月16日 19:25
木燃人さん  今晩は
平家物語で有名な「祇王と仏御前」のお話。それこそ、物語り全体を貫く「諸行無常」を代弁しているようなお話です。権力者に寵愛されてもそれは一時のこと、永遠の保護を仏様にお願いしようと、出家した二人の美女、そうした女性に相応しい質素なお寺ですよね。懐かしいです。


瀧庵
2011年11月16日 20:53
木燃人さん
祇王寺って記憶に残っていませんが苔寺みたいに苔が見事です。 「嵯峨野」っていい響きです。「嵯峨」より上等です。 そう言えば確かにどちらも範囲があいまいです。 私は先ずブログの写真のように祇王寺や二尊院界隈の「竹薮」を想像してしまいます。 私は松尾に住んでいますが松尾大社の地名はもう嵐山です。 嵐山の方が松尾より上等です。(深い意味はありません) 木燃さんがいつか「京都」という言葉の響きが良いと言われたことを思い出しているのです。


sawaka
2011年11月16日 21:51
木燃人さん
私も、5月の新緑の嵯峨野散策をしました。不思議に落ち着きますね、祇王寺の尼寺は、門前だけでしたが、私の記憶も曖昧ですが、周辺に観光バスの駐車場があったような気がします。緑の苔の美しさと、竹林のざわわ ざわわの風の音が聞こえてきそうな、寺の風情を感じさせていただきました。


木燃人
2011年11月17日 09:0
shuttleさん
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。・・・・・ 昔の人はなんと美しいしかし侘びの効いた分を作るものだと感心します。祇王と祇女の白拍子姉妹のおごれる平氏の哀れな物語を想像したくなる雰囲気充分のお寺でした。紅葉が色ばんでるともっとよかったのですが・・・・・。


木燃人
2011年11月17日 09:10
瀧庵さん
時代と共に土地の呼び方も変わるのでしょうが、かなり一時の権力者などの好みで使い分けされたのではと思ってしまいます。これだけよく知られ使われているのに、町名に使われないのはそんな所が影響しているように木燃博士(?)は推論を下しました????。


木燃人
2011年11月17日 09:18
sawakaさん
私は初めての参観でしたが、ほんとうに心がおだやかになる良い雰囲気のお寺です、直指庵と同じく尼寺らしい静かなお寺です。 白拍子と聞くと歌や踊りで華やかで賑わいのある場面を想像しがちですが、ここはそれらの心の内に求めるものがここにあったのかもしれないと勝手に思っています。