661 嵯峨野散策(6)天竜寺

2011年11月24日

2011.11.07(月)、嵯峨野歩きのメインイヴェントにやってきた。雨の予報はなかったが、来て見ると空は暗く小雨がぱらついたが、濡れるほどではなかった。 昼食に何を食べようかと、探し続けたが4人の意見がぴったり合う場所に出逢わず、空腹の状態も限界、一旦嵐山に出て遅い食事をしてからの参拝となった。


「天竜寺」   臨済宗 天竜寺派大本山   霊亀(れいき)山

         京都市右京区嵯峨天竜寺芒ノ馬場町
         庭園、方丈拝観料各¥500


天龍寺の地には平安時代初期、嵯峨天皇の皇后橘嘉智子(たちばなのかちこ、786年 - 850年)が開いた檀林寺があった。その後約4世紀を経て荒廃していた檀林寺の地に後嵯峨天皇(在位1242年 - 1246年)とその皇子である亀山天皇(在位1259年 - 1274年)は離宮を営み、「亀山殿」と称した。「亀山」とは、天龍寺の西方にあり紅葉の名所として知られた小倉山のことで、山の姿が亀の甲

足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うため、大覚寺統(亀山天皇の系統)の離宮であった亀山殿を寺に改めたのが天龍寺である。尊氏は暦応元年/延元3年(1338年)、征夷大将軍となった。後醍醐天皇が吉野で崩御したのは、その翌年の暦応2年/延元4年(1339年)である。足利尊氏は、後醍醐天皇の始めた建武の新政に反発して天皇に反旗をひるがえした人物であり、対する天皇は尊氏追討の命を出している。いわば「かたき」である後醍醐天皇の崩御に際して、その菩提を弔う寺院の建立を尊氏に強く勧めたのは、当時、武家からも尊崇を受けていた禅僧・夢窓疎石であった。

寺号は、当初は年号をとって「暦応資聖禅寺」と称する予定であったが、尊氏の弟・足利直義が、寺の南の大堰川(保津川)に金龍の舞う夢を見たことから「天龍資聖禅寺」と改めたという。寺の建設資金調達のため、天龍寺船という貿易船(寺社造営料唐船)が仕立てられたことは著名である。落慶供養は後醍醐天皇七回忌の康永4年(1345年)に行われた。

天龍寺は京都五山の第一として栄え、寺域は約950万平方メートル、現在の嵐電帷子ノ辻駅(かたびらのつじえき)あたりにまで及ぶ広大なもので、子院150か寺を数えたという。しかし、その後のたびたびの火災により、創建当時の建物はことごとく失われた。

中世には延文3年(1358年)、貞治6年(1367年)、応安6年(1373年)、康暦2年(1380年)、文安4年(1447年)、応仁元年(1467年)と、6回も火災に遭っている。応仁の乱による焼失・再建後、しばらくは安泰であったが、江戸時代の文化12年(1815年)にも焼失、さらに幕末の元治元年(1864年)、禁門の変(蛤御門の変)で大打撃を受け、現存伽藍の大部分は明治時代後半以降のものである。なお、方丈の西側にある夢窓疎石作の庭園(特別名勝・史跡)にわずかに当初の面影がうかがえる。


「庫裏」 本堂参拝受付


「曹源池」のまわり、に見事な庭園が展開するが、今日は広角レンズを持たないので、その迫力を伝えられないのが大変残念だ!。


「方丈」


「リンドウ」


「マメガキ」と書いてあった。「ビワ」程の大きさの柿がびっしり、お掃除中の”おじさん”に尋ねた所、柿は美味しくないと言っていたが・・・・・・。


ここの庭は大変広く、全部を廻ると90分かかるとの声が聞こえていたが、まだ紅葉が始まっていないし、何よりも私は足が動かなくなったので、途中でギブアップしてしまった、また、本堂(方丈)には是非入りたかったが、庭歩きでも娘達の後を追うのが精いっぱい、残念ながら参拝は諦めざるを得なかった。

嵯峨野散策シリーズはこの後もう一遍あります。


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コメント

shuttle
2011年11月24日 20:24
木燃人さん
嵯峨野を訪れる人は、必ず「天竜寺」をお参りします。それくらい大きいし、目立つ存在ですね。特に「庫裏」が目立ちます。一回見たら、忘れられない形ですよね。広大な庭園も見事です。やはり、紅葉はまだでしたね。「方丈」と言われる建物は、禁裏の「清涼殿」そっくりですね。さすが元は皇族の屋敷だっただけのことはあります。


sawaka
2011年11月24日 20:47
木燃人さん こんばんは
「天竜寺」広大な土地の中に、立派なお庭、一回りすると90分もかかるようですが、池のほとりの散策、よく整備されたお庭、是非一度行って見たいですね。夢で終わりそうですが、豊田から観光バスが出れば、行きたいですね。美しい写真を見て素晴らしさに、嵌ってしまいました。「リンドウ」の花」この時期に咲くんですね。自然咲きですか?綺麗に咲いていますね。小さな柿珍しいですね。


瀧庵
2011年11月24日 20:58
木燃人さん
なるほど広角レンズはこんな場所では欠かせません。ここは池が見所ですが残念ながら全部ちょん切れてしまいました。
これだけ立派な池庭の全景を撮るのはプロでも難しいでしょう。この寺は説明を読むと6回も火災で消失しているとの事、全く驚きです。
さて祖母が私の誕生の際この寺の管長さんより直筆の達磨絵図を譲り受けました。立派に育ってくれとの願いであったのでしょうが見事に裏切ってしまいました。
しかし床の間の掛軸として今も大事に飾っております。毎度コメントは自慢話で長くなり申し訳ありません。以後簡潔に致します。


木燃人
2011年11月25日 08:24
shuttleさん
   正にここは嵯峨野の中心です。私もここには何度も訪れていますが、この建物はとても印象深く残っています。広く美しい庭は何度みても飽きることはありません。本当に見事です。 これに紅葉が色づいていればもっと良かったですが、不思議と不満は残りませんでした。


木燃人
2011年11月25日 08:36
sawakaさん  おはようございます
「天竜寺」の庭は池の周りだけでなく、山の斜面に奥深くまで続いています。この日は最後に来ましたので、体力が残り少なくなったことと、紅葉には早すぎたことから、断念したのですが、春、桜の時期も含め、是非もう一度来たいところです。
リンドウは秋の花ですが、少し遅いように思います。地植えでしたのですが、自然のまま咲いてるように見えましたね。こんな柿は初めて見ました。


木燃人
2011年11月25日 08:47
瀧庵さん
ブログ本文にはあのように書きましたが、考えて見ると、広角レンズ(私のは10〜28mm)でこの庭を普通に正面から撮ると、空と手前の道や柵が全面を占めて、肝心の庭は細長くなるだけで、迫力のあるものにするためには、片端をクローズアップさせるなど、ちょっと工夫が要で難しいかも?。
あのダルマ絵にはそんな”いわれ”があったのでしたねー。瀧庵さんの大事な宝物ですね。