673 山科宇治の古寺(2)毘沙門堂

2011年12月16日

2011.12.10(土)、例年ならもう紅葉は落ちてしまう時期ではあるが、幸にして今年は全国的に遅れているようで、微かな望みは叶えられ、ここは辛うじて間に合ったようで、元気が湧いてくると共に、大変に嬉しくなって、珍しく賽銭に百円硬貨が複数に成って来た。


「毘沙門堂」  (びしゃもんどう)

         京都市山科区安朱稲荷山町
         天台宗五箇室門跡  護法山
         拝観料境内無料、堂内¥500 駐車無料(祭時は臨時駐車場あり)


寺伝によれば、毘沙門堂の前身の出雲寺は文武天皇の勅願により、大宝3年(703年)行基が開いたという。その後、平安時代末期には出雲寺は荒廃していたが、鎌倉時代初期、平親範が平家ゆかりの3つの寺院を合併する形で再興。中世末期には再び荒廃していたが、近世に至り、天海とその弟子の公海によって現在地に移転・復興され、天台宗京都五門跡の一として栄えた。

前身寺院である出雲寺は、京都市上京区の相国寺の北、上御霊神社付近にあったと推定される。付近からは奈良時代前期にさかのぼる古瓦が出土しており、行基の開基であるかどうかは別としても、この付近に平城京遷都以前にさかのぼる寺院のあったことがわかる。また、一帯には現在も「出雲路」の地名が残されている。この出雲寺は平安時代末期には荒廃していたことが『今昔物語集』の記述などから伺われる。

建久6年(1195年)の平親範置文(『洞院部類記』)という史料によると、同年、平親範は平等寺、尊重寺、護法寺という平家ゆかりの3つの寺院を併合し、出雲路に五間堂3棟を建てたという(「五間堂」とは間口の柱間が5つある仏堂の意)。置文によれば、平等寺は桓武天皇の皇子で桓武平氏の祖である葛原親王(かずらわらしんのう、786 - 853)の創建で、太秦(うずまさ、現京都市右京区)に所在。尊重寺は平親信(945 - 1017)の創建で、五辻(京都市上京区)に所在。護法寺は平親範の父・平範家が伏見(京都市伏見区)に創建したもので、応保元年(1161年)北石蔵(京都市左京区岩倉)に移転するが、長寛元年(1163年)に焼失し、本尊だけが大原(京都市左京区大原)に移されたものという。こうしてできた寺は出雲寺の寺籍を継いで護法山出雲寺と称し、最澄(伝教大師)自作と伝える毘沙門天像を本尊としていた。中世には出雲寺は桜の名所として知られ、藤原定家の日記『明月記』や、『沙石集』(無住道暁編)にも言及されている。

この鎌倉復興の出雲寺もやがて荒廃したが、慶長年間(17世紀初頭)に至り、天台宗の僧で徳川家康とも関係の深かった天海によって復興が開始された。江戸幕府は山科の安祥寺(9世紀創建の真言宗寺院)の寺領の一部を出雲寺に与え、天海没後はその弟子の公海が引き継ぎ、寛文5年(1665年)に完成した。後西天皇皇子の公弁法親王(1669 - 1716)は当寺で受戒し、晩年には当寺に隠棲している。以後、門跡寺院(皇族・貴族が住持を務める格式の高い寺院の称)となり、「毘沙門堂門跡」と称されるようになった


この枝垂れ桜が咲いたらもう一度訪問したいものだ。


「勅使門」

山科はこの辺りが北端になり、一旦山を降りて、北西に向えば南禅寺を初め多数の寺があるが、今日は初の単独長距離飛行、遠くには行かない計画である。そのために、山科から宇治に下り、帰路は京滋バイパスを使う予定のため南下し、目的地をまだ訪れてない寺に絞ったので、次は「岩屋寺」としたが、それは次回に紹介したい。


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コメント

shuttle
2011年12月16日 16:14
山科・宇治方面では、寺院として私が知っているのは「宇治平等院」くらいなものです。取材された「毘沙門堂」も、由緒正しい寺院のようですが、初めて聞きます。お写真で拝見すると境内も広く紅葉も散っていますが、もう少し前なら綺麗だったでしょうね。皇室に縁がある証拠に「菊のご紋」が許されているのですね。 


木燃人
2011年12月16日 17:06
shuttleさん
私もここは初めてでしたが、辛うじて紅葉に間に合ったようです。もう少し早ければ言う事無しでした。
山科・宇治では、「平等院」の他に有名なのは「醍醐寺」がありますが今回は入りたいのを我慢して通りすぎました。また、あとで紹介しますが、「万福寺」は大きな寺で中国式なのも特筆すべきお寺でした。京都はいきなり計画もなしで飛び込んでも何処に行っても楽しい所がわんさとあるのが嬉しいです。


瀧庵
2011年12月16日 18:57
木燃人さん
山科は京都と滋賀の境に位置します。孫に会いに車では良く通るところですが「毘沙門堂」「徳林庵」「岩屋寺」等名前すら知りませんでした。
「毘沙門堂」の瓦に積もった紅葉の写真は絵になります。しかし掃除が大変でしょうね。私も毎日庭掃除を欠かせた事がありませんからついつい。


木燃人
2011年12月17日 09:08
瀧庵さん
我が家も狭い庭ながら結構木は植わっているので、毎日落ち葉が溜ります、するとすかさず妻が取り除いています。しかし私は、葉っぱはそのままにしておけば「腐葉土」となって植物の生育に大切な養分になるのだし、落ち葉の上を歩くのも”おつ”なものだし、集めて燃やすもよし、落ち葉のある風景は好きですから、掃除をしてほしくないのですが止みません。私もきれい好きの部類にはいるのに、落ち葉にはすごく寛大になってますねー!。


sawaka
2011年12月17日 09:16
木燃人さんおはようございます
「12月10日」こんなに美しい紅葉に巡り会えてラ―キ―でしたね。「ドウダンつつじ」も美しく紅葉していますね。
「毘沙門堂」よく聴く名前ですが、ご縁がありません。奈良 京都には、寺院が多いですね、地図を広げると行った寺は主だった所のみです。寺の石段の風情がありますが、掃除も大変でしょう。このところの冷え込みはきついです。 急な寒さに、親族の「逝く人」昨日 今日と出ています。 淋しい秋です。


木燃人
2011年12月17日 11:30
sawakaさん こんにちは
出る時は余り期待してなかったのですが、来て見てまだ充分鑑賞に値すると解ってとても嬉しかったです。
こうやって遅れてくれると、大型バスなどでの大量の観光客はいませんので、ゆっくり見られるので、大変有難いことです。
お陰で気分良く回れたので、賽銭も私にとっては大変珍しく百円硬貨が複数になりました。