2011年12月18日  No 674

山科宇治の古寺(3)岩 屋 寺


2011.12.10(土)、朝起きて空を見て、突然遠出の撮影行を思い付き、出る事を決断して1時間も経たずして家を飛び出し、京都山科にやってきた。この後は宇治方面にも行く積りであるが、この辺りはお寺などが洛中や東山などと違って密集していないので、歩いて回るにはかなり効率が悪い所であり、”未訪問寺社”が解消されずにいたので、以前からマークしていたのである。


「岩屋寺」  (いわやじ)

        京都市山科区西野山桜ノ馬場町>
        宗洞宗>
        拝観無料  駐車無料


地面に落ち葉を敷き詰めた素敵な庭。 しかし、所詮は落ち葉間もなく枯れ果てて”ゴミ”と見なされ捨てられる運命だ。 秋は何とも心寂しくなるものだ!。


都市山科(やましな)区西野山桜ノ馬場町にある曹洞(そうとう)宗の寺。智証(ちしょう)大師(円珍(えんちん))の作と伝えられる本尊の不動明王は、浅野家の遺臣大石良雄(よしお)が山科に隠棲(いんせい)していたときの念持仏であった。境内には47人の赤穂(あこう)義士の木像を安置する木像堂、大石良雄植髪之墓がある。寺宝として大石の手跡が残されており、義士ゆかりの寺として訪れる人が多い


お寺の紹介をしていながらも、寺のもっとも肝心の「ご本尊様」の写真は殆ど掲載していない。これでは本当の紹介記事とは言えないとのご指摘は充分承知しているが、残念ながら多くの寺、有名な寺ほど、撮影禁止の張り紙があるからなのだ。

何故かと聞くと、仏様にカメラを向けることがいかんと言うのだが、寺のパンフレットやホームページや、各種文献などにいくらでも写真は載せられている。この写真を撮ったカメラマンは既に”罰”が当たってこの世にいないのだろうか?。

不思議な事にこの地蔵さん方にはそんな立て札もないので、撮らせて戴いたが、どうせこの先長くはない体、”罰”が当たってもええわい!、何事も撮れる時に撮って置くべしと思ったのである。


この「岩屋寺」から山を越えて直線距離約2kmで伏見稲荷、その北は東福寺、泉涌寺などがあるが、山を越えるにはかなり迂回しなければならない、この辺りは昨年の春、醍醐寺から勧修寺を経て京都駅に帰る時に歩いた道だ。秋には入ってない「勧修寺」の門付近に来ると再度ここに入りたい衝動をぐっと押さえて通過し「隋心院」に向ったのであるが、それは次回に紹介したい。


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コメント

shuttle
2011年12月18日 14:55
木燃人さん  今日は 山科と言えば、誰でも大石内蔵助を思い出します。このお寺も由緒に赤穂浪士の木像があったり、内蔵助の手跡があったりと関係を伝えていますね。しかし拝観料なし、駐車料なし、と言うのは立派です。

木燃人
2011年12月18日 16:10
shuttleさん こんばんは
そうですね、12月ともなれば赤穂浪士の季節、折から「義士まつり」が開催されてましたが、何処がメインなのかは、把握せずに通り過ぎました。
誰もいない寺、賽銭箱にチャリ銭を入れると快い音がして、偶然か否かお寺の奥さんらしき人が出て来たので、「写真を撮らせて下さい」と言ったら、「どうぞどうぞ」明るい声が返ってきました。私は手術の後遺症(?)で声が出なくて、少し遠いと、思いが伝わらなくて、気まずい場面もあるが、ここは気持ちよく通じて、楽しく見させたもらったのです。

sawaka
2011年12月18日 19:32
木燃人さん こんばんは
今年も残り少なくなりました。木燃人さんが、朝、空を 眺めて、思い立って写真撮影に出かけられるほどの 健康の回復に、主人と喜んでいます。紅葉も随分長く 楽しむことが出来ました。写真の仏様、心和みますね。 木燃人さんの健康を喜んでいるようです。

瀧庵
2011年12月18日 20:08
木燃人さん
人を避けて撮影されているのでしょうか、人影が全くありません。 赤穂浪士ゆかりのお寺にしては寂しいですね。 お地蔵さんも何か言いたげですよ。人恋しいのでしょうか。

木燃人
2011年12月19日 09:18
sawakaさん おはようございます
ありがとうございます。 お陰さまで、少しずつ回復してますので、活動範囲を広げております。 今年の紅葉は全体的に色合いは必ずしも最高とは言えない状態ながら、大変長く楽しめた事はわたしにとって、とても有難いことでした。
計画的に物事を進める事が苦手な私は、突然の思い付きで出掛ける事が元々多いのですが、今は体調がその日にならないと解らないものですから拍車が掛かっているようです。 

木燃人
2011年12月19日 09:29
瀧庵さん
この寺の門の中は一目で見渡せる小じんまりとしてますし、あまり有名でもないし、参拝者は私が居る間はずっと私以外にはありませんでした。普通ならとっくに紅葉は無くなってる時期故に、観光客、特に団体さんが来ない時期だからなのでしょう。「義士まつり」の旗がさみしそうに揺れていました。