778 妙円寺 三宅八幡宮(京都)

2012年06月04日

新緑の京都古寺めぐり(6)

新緑もまだ出たばかりの2012.05.23(水)、好天に誘われて京都市左京区の略中央あたりにやって来て、先ず「金福寺」に始まり、次は6つ目の寺にやってきた。


「妙円寺」(みょうえんじ) 別名:松ヶ崎大黒天 松ヶ崎の大黒さん
      日蓮宗 松崎山
      京都市左京区松ヶ崎東町
      境内参拝 無料

お寺なのに、入口には立派な「鳥居」が迎えてくれる。

「妙法」の送り火で知られる松ヶ崎東山「法」の下にある。1616年(元和2)日英上人が創建の際、法華経の守護神として別棟にまつったのが大黒さん。「松ヶ崎の大黒さん」として全国より参拝あり。日蓮宗。1969年(昭和44)の火事で無事だったので、「火中出現の大黒天」とも呼ばれる。60日に1回の甲子(きのえね)の日にご開帳。諸願成就・寿福円満の御祈祷が執行される。都七福神の一つ。 建立:1616(元和2)

七福神の大黒天は、出雲の大国主命(おおくにぬしのみこと)の大国さんでなく、仏教の大黒天(摩訶迦羅)である。ご本体は、久遠のお釈迦様(永遠なるもの真実)のご変身の姿(物心ともに貧しい人のために、福を授けようと大黒天の姿になられている)であるという。その形相は黒色忿怒相であったが、鎌倉時代頃から大国主命と結びつき、恵比寿神とともに広くに知れわたり、左手に袋、右手に槌を持ち、米俵の上に座る現在の福相となったという。妙円寺の大黒天は、京の「都七福神」の一つとして慕われ、60日に1回の甲子(きのえね)の日に開帳されている


松ヶ崎の大黒さんを出て、鴨川の支流高野川に添って北上して、国道367、県道105を経由しての1.5Kmぐらいの所が、次の訪問地である。


「三宅八幡宮」(みやけはちまんぐう) 別名:虫八幡

        京都市左京区上高野三宅町
        境内拝観無料 駐車料¥500

推古天皇の時代、遣隋使として隋に赴いた小野妹子が、筑紫(九州の北部)で病気になったが、宇佐八幡宮に祈願するとたちまち病気が治り無事帰国することが出来た為、隋からの帰国後に、報恩の意味を込めて自らの所領である山城国愛宕郡小野郷と呼ばれるこの地に宇佐八幡宮を勧請し建立したのが始まりとされる。

営当初は伊太多神社(大正4年に崇道神社に合祀され、現在は崇道神社の末社となっている)の境内にある末社の一つとして建てられ、今の位置より南にあったとされる。 その後この神社は、愛宕郡岩倉の地に移り住んでいた、後鳥羽上皇の第四皇子頼仁親王の血を継ぐ南朝の忠臣である児島高徳(生没年不詳 別名備後三郎三宅高徳)が八幡大神を尊崇したことから、いつしか「三宅八幡宮」と呼ぶようになったという。

ちなみに三宅の名の由来は、大化の改新前の大和朝廷の直轄地である屯倉が置かれたからであるともされている。

応仁の乱で戦災により全焼したが数十年後に近隣住民の手で復旧され、1869年(明治2年)に拝殿、1887年(明治20年)に本殿が復旧された。 また皇室とのゆかりも深く、明治天皇が幼少のころに重い病を患い、この神社に祈祷を命じ、その祈祷の甲斐があり天皇の病が治ったといわれている。


この後、御一行様はここから1Kmもない次の訪問先の「蓮花寺」に向った。


                  << 続く >>  


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コメント

shuttle
2012年06月04日 08:59
木燃人さん
多くの寺社巡り、お疲れ様です。まだ、5月中なら青葉も心地よいですが、これからは暑くなりますから、ご注意下さい。それにつけても今日とはお寺さん神社が多いですねえ。いくら税金免除といっても、経営は苦しいことでしょう。僅かな拝観料では、とても生活できないような気がします。除草一つでも重労働ですから、ただで、奉仕で、と言うわけには行かないでしょうに。殿お寺も神社も境内は本当に綺麗です。不思議ですねえ。


木燃人
2012年06月04日 14:22
shuttleさん
京都にはいったい幾つの寺があるのでしょう。私の感では600位かなと思っていますが、あるいはもう少し少ないかもせれません。このうち4年ほどで100寺を超えましたが、まだまだいくらでもあります。 荒れた寺や土地を売ったりして切り盛りしてる所もあれば、儲かって仕方がない寺もあるように思います。寺も経営センスが必要なのでしょうね。